2017年、八重山で深海釣りを試みたところ非常に珍しい魚が釣れたのでその話を。
八重山は浅場こそダイビングやゲームフィッシングの聖地として人気が高いが、一方で深海はほぼ手付かず。
漁師もいくらかマチ(ハマダイ=アカマチなど)狙いの方がいるくらいで、水深500m以深はさっぱり情報がない。
これはきっと面白いものが潜んでいるはずだと現地の物好き船頭とタッグを組んで出船。
結果、道中で釣った活きグルクンをエサにクロシビカマス(スミヤキ)やバラムツ、チカメエチオピアやオオクチハマダイなど色々な魚を釣り上げることができた。
アタリが取れることに気を良くして仕掛けを変えたり色々と実験してみることに。
エサもグルクンから、釣れたばかりのクロシビカマスを短冊にしたものに変更。すると大きなアタリが。
引きの具合からすると小型のバラムツっぽいが、水面近くまで引き上げると途端に暴れなくなった。
おかしい。バラムツならば水面直下で日光を嫌って大暴れするはずなのだが。
巻き上げ続けると妙な魚影が見えてきた。紡錘形だがやけに太い。色は銀色がかった黒。
「クロムツ?アラ?いやこれは……何だ!?」
網に収まったのは全長80cmほどもある大きな魚。水圧の急変で眼は飛び出している。水面近くで泳がなくなった原因はこれだな。
歯並びや鰭の造りでクロタチカマス科に属す魚であることはわかる。
しかし…このボリューミーな体型で、しかもこれほど大きな種というのは今まで見たことがない。船長ともども「なんか面白いの釣れたな!」と大興奮。
この個体は帰港後すぐに魚類の分類を専門としている研究者へ標本を送り、同定を依頼した。
▲海中から空気中へ引き上げると、腹部からシミが抜けるようにみるみる変色していく。この過程で黒褐色から何とも言えない光沢をもつ淡いターコイズブルーを経る。これがアオスミヤキという名の由来なのかもしれない。
そして後日、変えてきたメールには驚きの文言が
「例の魚、端的に言うと新種です」
えっマジで?
▲いい顔してます。
どうもこの魚はこれまで『アオスミヤキ』の和名があてられていたもので、学名はEpinnula magistralisとされてきた。
しかし近年になって太平洋産のものは別種では?とする説が持ち上がっていたようだ。
そしてその太平洋産の標本はこれまでほんの数個体しか採れていないとも聞いた。
えっ、世界でまだ数匹しか確認されていないものを釣っちゃったか!食べずに標本として寄贈しておいてよかった。
血肉とするよりもいずれ何らかの形で学問の発展に寄与できればその方がいいだろう。
そしてその後、この太平洋産アオスミヤキはEpinnula pacificaとして新種記載されたようだ。
……さて。こうして自体が落ち着くと欲が出てくる。やっぱり一回くらい食べてみたいよね。
どんな味か、骨格か、鰾はあるのか無いのか。
それにああいう魚ってだいたい美味しいし。
そして今夏、再度挑んでみたところ…
▲えぇ…。巣を見つけてしまったかもしれない。
何とスポーンと1投で2匹も釣れてしまった。
さらにこの後日、船頭さんはまた別のポイントでも釣り上げている。
実は誰も探していなかった、というか手をつけていなかっただけで、いるところにはそこそこまとまって生息している魚らしい。
▲ちなみに『情熱大陸』のロケが入った日の出来事でした。
釣れた2匹のうち1匹はやはり某博物館からの希望で寄贈、残りの1匹を刺身で試食してみることにした。
捌いてみると、なんと鰾(うきぶくろ)がある!クロシビカマスやナガタチカマスといった他のスミヤキ類には鰾が無いのにである。
それに小骨も少ない。スミヤキと言えば皮と身の間にえげつなく入り込んだ硬い小骨がその代名詞なのに!
▲まさかのうきぶくろが!「スミヤキ=うきぶくろ無し」の思い込みが覆った。
▲濁った白身でいかにも脂が乗っていそうだが…?
捌く時点で発見が多い。となると味は一体どうなのか。
まさかとは思うが、この魚を食べるのはひょっとすると僕が世界で初めてかも?胸を弾ませながら未知の味を頬張ると…!?
▲太平洋産アオスミヤキの刺身
うーん、フツー。さっぱりしててフツーにおいしいよ。身も締まりがあっていい。
しかしこの普通な味こそが発見である。クロシビカマスは脂が乗って味わいが深く、身も柔らかい。
これはおそらく彼らが鰾を持たないため、筋肉中に脂肪や水分を蓄えることで遊泳に必要な浮力を得ていることに起因するのではないだろうか。
小骨の多さも、柔らかい筋肉を多点で支えるものなのかもしれない。
▲スミヤキ(クロシビカマス)の味についてはこちらをどうぞ
勝手な妄想だが、アオスミヤキはスミヤキ類の中でも祖先的な特徴(鰾や素直な骨格)を残した種ではないか。
こうした種が長い歴史の中、深海生活により特化する形で水圧変化に弱い鰾を退化消失、骨格を複雑化させてクロシビカマスのようなより先鋭化した形態へ進化していったのではないだろうか。
…まあ一丁前な考察のネタにはなったが、アオスミヤキの味自体はフツー。その結果は揺るがない。
珍しい魚だからといって、必ずしも特徴的な味わいであるということはないのだ。
そんな当たり前なことを再認識できたのも今回の八重山深海大冒険(日帰り)で得られた収穫であった。
▲船頭はじめ他のお客さんは同日に釣れたナンヨウキンメの炙りに夢中だった。珍しい=美味いではないんだよな。当然ながら。