フロリダへ行って一番楽しかったのは、今思い返すとエバーグレーズの散策でも海での大物釣りでもなく、二晩だけ敢行したしょぼ〜い水路巡りだったかもしれない。
フロリダ州は内陸部から沿岸付近まで水路だらけで、魚類や水棲爬虫類の観察がしやすいのだ。
水生昆虫もまた然り。
▲フロリダドロガメがごくごく当たり前にいることに感激。
▲ボウフィン(アミア・カルバと言ったほうが通りがいいか?)もちらほら。同じような環境でもいないところにはいないがいるところにはまとまった数がいる。一体何が違うのか最後まで読めず。
特に目立つのがフロリダタガメで、街中を走る細い水路にも普通に見られる。
日本のタガメといえば今や希少な存在になってしまっているからつい「えっ!こんなところにタガメ!」と驚いてしまうが、本来タガメというのはこういう人里にいる虫なんだろう。
▲フロリダタガメ。やっぱタガメはどこへ行っても存在感があるねー!!
こうしてタガメが人に近い存在でいられるのはやはりエバーグレーズ国立公園をはじめ、湿地を含む水域の保全がしっかりと行われているためだろう。
それにしても驚いたのは、夜食を買いに訪れたマクドナルドの駐車場。灯火に誘われて飛んで来たタガメがボテボテ落ちている。そしてあちこちで車に轢かれ、そこかしこでオオヒキガエル(外来種)に食われている。
▲日本でも石垣島や小笠原で猛威を振るっているオオヒキガエル。アメリカ南部にも定着している。灯火の下に集まって虫を狙っていたが、大型個体がフロリダタガメを食っているのには驚いた。口の中とか刺されないんだろうか。
仮に轢かれなかったとして、食われなかったとして、一度灯火に飛来してしまったらもう元いた水辺に帰る術はない。人為的な要因でタガメが死にまくるとは地獄の光景である。
ほぼ無意味ではあろうが、なんとなく気分も悪いのでパッと目についた十数匹をかき集め、近場の水路に放った(たぶん、そのうちの何匹かは数日後にはまた同じようにマックに行ってしまうんだろうが…)。
▲植生の茂った水路+灯火=落ちタガメ。あちこちの街灯にも飛来していた。
その折に気づいたことだが、日本産のタガメに比べてずいぶん気が荒いように感じる。どう言うわけかほとんどの個体がメスだったが、容器の中で互いを追いかけ回しては攻撃しようとしている。
非常事態とはいえ、こんなに積極的に同種を襲うとは。吻を刺されて衰弱してはレスキューの意味をなさないのでいちいち振りどいてやるのが難儀だった。
▲左がオス、右がメス。タイワンタガメであれば特にオスが風味豊かだが果たして…。
せっかくだから弱っていり捕脚が壊れている個体を選んで宿へ持ち帰って試食してみた。
東南アジア産のタイワンタガメは洋梨やグレープフルーツに例えられる爽やかな芳香を持つため食用昆虫として珍重される。日本産のタガメもオスの死骸をすり潰すとやはり似通った香りがある。この香りはフェロモンに由来するものらしい。
ではフロリダタガメはどうだろう。そう思い立ったのだ。
▲味を逃したくなかった、そして余計な味を混ぜたくなかったのでシンプルに蒸す。
冷まずはメスから調理。冷却して仮死状態にしてからスチームしてやる。
外皮は硬いので、尾部を口に当てて指で内容物をしごき出して吸う。『チュール』をしゃぶる猫のように。
…果物系の風味は一切なく、塩で蒸したサツマイモそのもの。美味い虫かマズい虫かで言えば美味い虫の部類だとは思う。しかし、一般にイメージされる『タガメらしい味』ではない。
では本命のオスはどうだろう。タガメ食文化の根強いタイではより香りが良いオスはメスの数倍の値で取引されるとも聞く。同じくスチームで試す。
…だが、やはりオスも同様に芋系の味。特に芳香は感じない。
なんだ?鮮度の問題か?こういうものなのか?
▲お腹を見ると日本のタガメとは一目瞭然。こちらはストライプ柄だ。
しかし!その後、何匹か試食してみたところあるメスで発見が。
調理開始前からほんのり漂う独特の匂い。蒸して口に運んでさらにはっきりと知覚できた。柑橘系の香り…と言えば聞こえはいいが、正確には『柑橘系の香りを含むカメムシのにおい』だこれは。
クモヘリカメムシ類などの柑橘の木につくカメムシや、後日紹介するスカンクローチと言うフロリダ産のゴキブリが放つ威嚇臭にそっくり!
▲フロリダタガメと同じくフロリダ半島に分布するスカンクローチと言うゴキブリ。やはり柑橘+カメムシ系の悪臭を放つ。今回はタガメの話だから画像は小さめにしておいてやる。
どのみちこれではわざわざ食用にはしないだろう。多様な食材を利用していたとされるネイティブアメリカンがタガメを食べていたという話を聞かないのも納得だ。
だが考えてみればタガメとカメムシはごく近縁な昆虫なので(タガメは水棲のカメムシ、と言うべきか)こうしたにおいを発するのは不思議ではない。フロリダではオオクチバスやアミア・カルバ等、タガメを捕食できる淡水魚が多いためこうした特性を獲得したのかもしれない。
他の個体でこのにおいが感じられなかったのは…自動車やオオヒキガエルが行き交う灯火下に飛来してパニックに陥り、発散してしまったとか?
うーん、一晩で得られた数個体のサンプルでしかないからこれ以上に断定的なことはあまり言えないが、参考までに。
どなたか昆虫食を研究されている方、ぜひもっとしっかり調べてみてください。フロリダタガメ。
もう調べてたらぜひ詳細を教えてください。