ヨロイモグラゴキブリ採集 in クイーンズランド

オーストラリア巨大生物取材行のターゲットその2は世界最重量のゴキブリとして有名な『ヨロイモグラゴキブリ』。

世界最重量ではなく「世界最大のゴキブリ」と書くとほかにいくつか候補が上がってしまうのがややこしいが、僕個人はこいつこそが「いちばんデッカい!!」ゴキブリだと認識している。

体長、すなわち頭の先からお尻の先までの長さでいえばいわゆるマダガスカルゴキブリの一種であるGromphadorhina oblongonataが名乗りをあげることになる。さらに有翅種で翅の端まで計測に入れていいよというのであれば南米産のMegaloblatta longipennisという種が頭ひとつ抜けてくるようだ(どうにか現地で実物を見てみたい)。

▲世界最大ゴキブリの一角、マダガスカルに産する
Gromphadorhina oblongonata。体長ではヨロイモグラをしのぐと言われる。ペットとしても(局所的に)人気。

でもさー、タッパよりガタイっていうの?ボリュームが大事じゃない?生物の『サイズ』について語るとなるとさ。

たとえば身長195センチのマラソンランナーと190センチのプロレスラーが並んでたらよ?たぶんほとんどの人がプロレスラーの方をより「デケェなオイと評すと思うんだな。
だから僕は各メディアで軽く断りを入れた上で「ヨロイモグラゴキブリは世界で一番大きなゴキブリ」として扱っている。
この手の議論はいろんな生きもので巻き起こるよね。「世界最大の淡水魚は結局どれ?ナイルパーチ?ヨーロッパオオナマズ?ハシナガチョウザメ?」とか「世界最大の昆虫はナナフシ?うーんナナフシねぇ。」とかね,

まあそういうのはあんまり気にしない方が楽しいよ。世界一○○なんて称号は人間がメディア向けに勝手に貼りつけたものなんだから。商品価値を高めるために。

で、話を戻します。
僕はそのデカいゴキブリがどうしても見たくて見たくて、数年前にも一度クイーンズランドを訪れている。
その時は敢えて下調べほぼゼロの状態で挑んだこともあり、惨敗。どこにいるのかも探し方もわからないし、当てずっぽうで地面を掘ってみようにも乾季でコンクリート並みに地表が硬い。早々に「あっ、これ絶対ムリなやつだ……。」と判断して海へ逃げた(その時にビーチでショベルノーズシャークを見つけた)。

▲ヨロイモグラゴキブリがくらすクイーンズランド州の山林。クイーンズランドといえば熱帯性気候のイメージが強いが、標高によって気候や植生にはかなり幅がある。

でも次につながる収穫はあった。ヨロイモグラゴキブリに詳しい昆虫研究者のJ氏と知り合えたのだ。ちょっと悔しいが、この人に協力を仰げば捕れる
ということで今回はあらかじめ彼にアポを取り、採集に同行してもらうことに。もちろん季節はバッチリ雨季のど真ん中。

どこまでも続くユーカリ林をJさんの車で駆けること1時間。
「ここがいいんだ」と停車したのはシロアリの蟻塚が点々とそびえるユーカリ林。

いや、僕には1時間スルーし続けてきた景色と何も変わらないように見えるんですが。
でもその素人目にはわからない微妙な地質や樹種(ユーカリと一口に言っても相当な種数がある)の違い、あるいは水辺からの距離などによってヨロイモグラゴキブリが集中する場所、まったくいない場所がはっきり分かれるのだという。


▲たしかにあちらこちらにヨロイモグラゴキブリのものと思われる異様にスケールのでかい昆虫の外骨格片(中央の残骸)が落ちている。右の甲虫はやはりあちこちに落ちているカブトムシの一種。小型種とはいえカブトムシと比べてこのサイズ…。ヨロイモグラへの期待が高まる。

そして探し方に絡めてヨロイモグラゴキブリの生態に触れておくと、彼らはその名の通りモグラのように地中にトンネル状の巣を掘って暮らす。夜間に巣の出入り口周辺で餌となるユーカリの落ち葉などを集める以外は基本的に姿をあらわにしない。

じゃあどう探すかというと、まず巣の入り口を見つけるところから始まる。
これがコツを掴むと意外に簡単で、ボケーっと落ち葉の敷き詰められた林床を眺めているとそこかしこに点々と落ち葉が消え失せてポッカリと地表が覗いている部分が見えてくる。
…Jさんに教わるまでは気づきもしなかったが。

▲右下と右上に落ち葉がないエリアがあるよね?ここ。



▲目印となる糞。頭隠して尻隠さずだな。

近寄ってみると入り口らしきものは見当たらないが、コーヒー豆のようなものがばらまかれている。これがヨロイモグラゴキブリの糞である。彼らは意外と(?)綺麗好きで、できる限り巣の外で用を足すのだという。

そのウンコまきびし地雷原の中心あたりを指でなぞると、フワッと軽く砂を詰めることで偽装された巣の入り口が見つかる。家の玄関がエサ場でありトイレであるということだ。穴の断面は横長でイグアナや陸生のカニなんかが掘るそれに似ている。

この穴を入り口から少しずつ少しずつ、中の住人を傷つけないよう薄く輪切りにするようにスコップの刃を入れて掘り進めていく。一掘りしては指を突っ込んでゴキブリがいないかを探る。これの繰り返し。

トンネルは一直線に伸びているわけではなく、螺旋を描くように定方向に巻き込みながら粘土層を下へ下へと潜っていく。
掘り進むうちにやがて、トンネル内からユーカリの枯葉が散見されるようになってくる。ヨロイモグラゴキブリが地表でかき集め、溜め込んだ貴重な食料である。

▲糞とともに坑道から出てきたユーカリの落ち葉。ヨロイモグラゴキブリの主食だ。ただし、イネ科植物の青葉や黒く乾いた果実、大きな種子なども見られた。植物質ならけっこう色々なものが餌になるらしい。


▲いくつかの巣穴では最奥部付近に地下水が浸入していた。もしかしたら水場も意図して設けていたり…?(最奥部は浸水層からわずかに上へ向けて掘り進められた乾いた層にあった)

発掘されるユーカリの量が増えてくるとゴキブリが逃げ込んだ最奥部は近い。さらに慎重に掘り進めていくと、やがて硬い何かに指が触れた。

「動いた!」

どうやらこれがヨロイモグラゴキブリらしい。トンネルの内径はもはや拳をつっこめるほどに大きくなっている。勇んで鷲づかみにし、引きずり出す。

…すごいの出てきた!ヨロイモグラゴキブリ、メスの成虫だった。
この日のために、わざわざ昆虫展やペットショップで展示されているのを見かけても虫体を凝視しないようにしていたのだ。「触ってみます?」と訊かれても断腸の思いでお断りしてきたのだ。

そして初めて捕まえた瞬間の感想は
「デカっ!重っ!硬っ!速っ!……えっ、強ッッッ!!」
というものだった。

大きい、重いというのは事前に散々見聞きしていた情報だったが、速さと強さは想像以上。
よくモノの本やウェブサイトには「動きはのそのそとのろく、ゴキブリっぽくない」的な記述が見られる。しかし、慌てた野生の個体はなかなかスピーディー。
たしかに家屋に出没するクロゴキブリやワモンゴキブリと比べればまだ遅いかもしれないが、大型昆虫としてはフツーに高速な部類。のそのそではなくシャカシャカ走る。


▲どうよこのボリューム!※こいつらはオス。オスは胸の先端、ヒトで言うところの肩のあたりがヘラ状に反り上がっている。


▲幼虫ですらこの大きさ。若いうちはべっ甲みたいな光沢と模様があって綺麗だね。

このままではブレて写真も撮れないのでカブトムシよろしく手でつかんでホールド。…硬い!甲虫の質感。そりゃあ死んでも外骨格残るよね。
硬い粘土層に穴を掘って暮らすのに翅は邪魔。トンネル崩落時や他の生物が侵入してきた場合に備えて頑丈な体が必要。ということでこんな三葉虫じみたボディを手に入れたのだろう。死んでも外骨格が残るレベルの。

▲丸ごと形を残している死骸もいくつもあった。地上で死骸を多く見かける理由については「大雨による浸水で追い出されて地表で生き絶えたか、野生のイノブタ(外来種)に掘り起こされたためだろう」とJ氏。

しかし、ホールドしてもじっとしていてはくれない。
指と指をを押し広げて、それこそ穴を掘るように脱出してしまう。まるで巨大化したケラのような挙動とパワー。
カブトムシとケラの特性を備えたゴキブリ。これは…魅力的だ!!

そしてさらにもう一つ、ヨロイモグラゴキブリは面白い特性を備えている。
彼らは“家族”を持つのだ。

▲一家丸ごと掘り起こすと、幼虫は親の元に集まる。掘り返しといて言うのもなんだが微笑ましい光景だ。

これは『亜社会性』と呼ばれるもので、日本に分布するオオゴキブリもよく似た習性を持つ。
カブトムシやケラどころかアリやシロアリめいた要素まで備えているとは恐れ入る。
とはいえ、そもそもゴキブリとシロアリはけっこう近縁な昆虫なのだ。枯葉ばかり食べて生きていけるあたりもシロアリに通じるところがあるよね。

そんなこんなであっという間に成虫7匹と幼虫多数を発掘。
彼らはこの後、Jさんの研究所で飼育・繁殖されることになった。研究目的でもあるが、それ以上に州内の小学校に飼育教材として配布する目的が大きいという。

「ペットとしても子どもたちに人気で、あちこちの学校で大切に飼われている。飼育しやすく、ペットインセクトにとても向いている。」
と行きの車中でJさんは語っていたが
「ホントかー?あんたが勝手に送りつけてきたから渋々飼ってるんじゃないのかー?」と喉まで出かかったところで堪えた。

だが実際に生きた個体を手にしてみると、きっと本当にかわいがられているのだろうと思えた。
ちなみに、現地流の飼育方法はプラスチック製のケージに薄く砂を敷き、餌となるユーカリの枯葉や野菜クズ、水分補給用に湿らせた脱脂綿を転がしておくだけの「潜らせない」ことを念頭に置いた簡素なものだった。しかし、これで十分に繁殖させることが可能だと言う。
J氏が言うにはこの方が体調や餌食いを目で見て把握できるので安全確実なのだとか。
確かに観察はしやすいが、日本だと1匹あたり一万円はくだらないのでちょっと真似するには勇気がいるな…。


▲別れ際、記念にツーショット写真。

とまあ、そんな具合にたっぷり勉強させてもらいながらヨロイモグラゴキブリ観察は終了。
次はいよいよ舞台をタスマニアに移し、世界最大のザリガニ『タスマニアオオザリガニ』を探すのみ。

いやー、たぶん来年も会いに行きます。ヨロイモグラゴキブリとJさんに。

3 件のコメント

  • 大きい=体長<体積(感覚含む)ですか?
    分かります(笑)
    後、自分なら、気持ちの入り具合とか思い入れの強さでも、多少贔屓しちゃいます

  • 本当に大好きです!
    ずっと記事や本などで感動をいただいてましたが、先日の情熱大陸改めて最高でした。
    これからもずっと応援してます!

  • ゆっくり椛 へ返信する コメントをキャンセル

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です